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2010年8月25日(水)
猛暑は続いているけど、夜になれば鈴虫の鳴き声が・・・
しっかり季節は移ろっているんですね。
う~~ん。やっぱり自然って凄い!
ここのところ、
レコーディングやら、コンピレーション・アルバム制作の話が持ち上がったりで、
制作関係の活動ばかりやっているんですが、(もちろん現在進行形で楽しんでやってます!^^)
「風景が見えるピアノ・ナイト」と題して、久々にピアノソロライブやります!
やっぱりライブやらなきゃね!^^
まだちょっと先ですが、
9月17日(金) カーサ・クラシカ(赤坂)
OPEN : 18:00
1st : 19:00~
2nd : 20:30~
9月の連休の入り口の金曜の晩です。
新曲も何曲か披露させてもらいます!
ご都合つく方は是非お越しください!
詳細はこちら。
PC用サイト
ケータイ用サイト
ブログ更新も、もっと頑張ります。^^;
よろしくお願いします!
しっかり季節は移ろっているんですね。
う~~ん。やっぱり自然って凄い!
ここのところ、
レコーディングやら、コンピレーション・アルバム制作の話が持ち上がったりで、
制作関係の活動ばかりやっているんですが、(もちろん現在進行形で楽しんでやってます!^^)
「風景が見えるピアノ・ナイト」と題して、久々にピアノソロライブやります!
やっぱりライブやらなきゃね!^^
まだちょっと先ですが、
9月17日(金) カーサ・クラシカ(赤坂)
OPEN : 18:00
1st : 19:00~
2nd : 20:30~
9月の連休の入り口の金曜の晩です。
新曲も何曲か披露させてもらいます!
ご都合つく方は是非お越しください!
詳細はこちら。
PC用サイト
ケータイ用サイト
ブログ更新も、もっと頑張ります。^^;
よろしくお願いします!
2010年7月29日(木)
日本で自然音録音(フィールド・レコーディング)の第一人者「中田 悟」という人物をご存知でしょうか。
たくさんの自然音CDを発表し、多くの人達に支持され続けています。
実は、20数年前に彼とは一緒にバンドをやっていた。
当時、彼はドラマーだった。
5年間程だと思うけど(もっとかな・・・)、よく一緒にレコーディングやライブをやっていた。
現在、ネット上にある彼のプロフィールには「元パーカッショニスト」とあるが、
私の知る限り、彼はドラマーであり、パーカッショニストというイメージはない。
和太鼓も叩いていたので、和太鼓をパーカッションと位置づけるならば、
パーカッショニストになるのかもしれないが・・・
なぜ「中田 悟」のことを書いているのか?というと・・・
知らないうちに、若くして先に逝ってしまっていたのだ。
数ヶ月前のある日、部屋を整理していたら、20数年前にレコーディングした音源がたくさん出てきた。
「懐かしいなぁ・・・・」
と思って聴いてみると、ほとんどの楽曲でドラムを叩いてくれていたのが「中田 悟」その人だった。
当時の私は営業手腕が極端になく、(今でも下手だけど・・・^^;)
彼が参加してくれた全ての楽曲は発表されること無く、お蔵入りを余儀なくされた。
当時お世話になっていたレコーディング・スタジオのオーナーのご好意で、頻繁にレコーディングさせてもらっていたのだけど、
そこからリリースに至る道筋をどうしても作ることが出来ないでいた。
たぶん、スタジオオーナーは私の楽曲を気に入ってくれて、好意で応援してくれていたのだと思う。
それから歳月は流れ・・・・
その後、彼が自然音録音にハマり、世界中を駆け巡ってアルバムを何枚も出しているのは知っていた。
「また何処かに行って、新しいアルバムでも出したかな?」
と検索してみた。
そして目に飛び込んできた文字は・・・
日本屈指のフィルレコ職人 中田悟 追悼企画
追悼企画!?!?
なんと2007年9月に彼は亡くなっていたのだった。
まったく知らなかった。
彼が「喜多郎」さんのオーディションを受けに行き、見事採用されることになった時のこと。
忙しくなってきても、当時全く無名の私が(今でも無名だけど^^;)レコーディングやライブで声をかけると、快くやって来てくれてたこと。
そして、彼が「喜多郎」さんの影響で和太鼓にハマり、車で一緒に和太鼓を探しに行ったり。
和太鼓を思いっきり叩けるように、彼が山奥に一軒屋を借り、
そこでもよく一緒にレコーディング・セッションしたり、酒を飲んで朝まで語り合ったこと。
オカリナの「宗次郎」さんのバンドに参加するようになり、
そして自然音の録音にのめり込んでいったプロセス云々・・・・
色々なことが思い出される。
確か最後に会ったのは17~8年前、地下鉄の表参道駅構内でバッタリ出くわした時だったと思う。
当時、私は始めてのアルバムを発表した直後で、その打ち合わせに行く途中で、
一方、彼はラジオ番組を持っていて(確かFM東京だった)、その収録に行く途中だった。
両者 「おお!久しぶり!」
中田 「オレ、最近ドラム叩いてないんだ。」
石黒 「そうかぁ・・・相変わらず自然音録ってるの?」
中田 「うん。やってる。(笑)」
石黒 「そうそう。オレ、CD出したんだ。」
中田 「ええ!そうなんだぁ。今ラジオ番組持ってるんだ。ラジオで使わせてもらおうかなぁ。」
石黒 「使って!使って! CD渡しておくね。」
中田 「ありがとう!聴かせてもらうね。」
お互いに次が詰まっていたので立ち話だったけど、大雑把にこんな感じだったと思う。
あれが最後の会話になっちゃったな。
何と言うか・・・ライバルを一人失っちゃったような・・・・
人の運命なんて分からないもんだね。
心からご冥福をお祈り致します。
中田 悟 公式サイト
たくさんの自然音CDを発表し、多くの人達に支持され続けています。
実は、20数年前に彼とは一緒にバンドをやっていた。
当時、彼はドラマーだった。
5年間程だと思うけど(もっとかな・・・)、よく一緒にレコーディングやライブをやっていた。
現在、ネット上にある彼のプロフィールには「元パーカッショニスト」とあるが、
私の知る限り、彼はドラマーであり、パーカッショニストというイメージはない。
和太鼓も叩いていたので、和太鼓をパーカッションと位置づけるならば、
パーカッショニストになるのかもしれないが・・・
なぜ「中田 悟」のことを書いているのか?というと・・・
知らないうちに、若くして先に逝ってしまっていたのだ。
数ヶ月前のある日、部屋を整理していたら、20数年前にレコーディングした音源がたくさん出てきた。
「懐かしいなぁ・・・・」
と思って聴いてみると、ほとんどの楽曲でドラムを叩いてくれていたのが「中田 悟」その人だった。
当時の私は営業手腕が極端になく、(今でも下手だけど・・・^^;)
彼が参加してくれた全ての楽曲は発表されること無く、お蔵入りを余儀なくされた。
当時お世話になっていたレコーディング・スタジオのオーナーのご好意で、頻繁にレコーディングさせてもらっていたのだけど、
そこからリリースに至る道筋をどうしても作ることが出来ないでいた。
たぶん、スタジオオーナーは私の楽曲を気に入ってくれて、好意で応援してくれていたのだと思う。
それから歳月は流れ・・・・
その後、彼が自然音録音にハマり、世界中を駆け巡ってアルバムを何枚も出しているのは知っていた。
「また何処かに行って、新しいアルバムでも出したかな?」
と検索してみた。
そして目に飛び込んできた文字は・・・
日本屈指のフィルレコ職人 中田悟 追悼企画
追悼企画!?!?
なんと2007年9月に彼は亡くなっていたのだった。
まったく知らなかった。
彼が「喜多郎」さんのオーディションを受けに行き、見事採用されることになった時のこと。
忙しくなってきても、当時全く無名の私が(今でも無名だけど^^;)レコーディングやライブで声をかけると、快くやって来てくれてたこと。
そして、彼が「喜多郎」さんの影響で和太鼓にハマり、車で一緒に和太鼓を探しに行ったり。
和太鼓を思いっきり叩けるように、彼が山奥に一軒屋を借り、
そこでもよく一緒にレコーディング・セッションしたり、酒を飲んで朝まで語り合ったこと。
オカリナの「宗次郎」さんのバンドに参加するようになり、
そして自然音の録音にのめり込んでいったプロセス云々・・・・
色々なことが思い出される。
確か最後に会ったのは17~8年前、地下鉄の表参道駅構内でバッタリ出くわした時だったと思う。
当時、私は始めてのアルバムを発表した直後で、その打ち合わせに行く途中で、
一方、彼はラジオ番組を持っていて(確かFM東京だった)、その収録に行く途中だった。
両者 「おお!久しぶり!」
中田 「オレ、最近ドラム叩いてないんだ。」
石黒 「そうかぁ・・・相変わらず自然音録ってるの?」
中田 「うん。やってる。(笑)」
石黒 「そうそう。オレ、CD出したんだ。」
中田 「ええ!そうなんだぁ。今ラジオ番組持ってるんだ。ラジオで使わせてもらおうかなぁ。」
石黒 「使って!使って! CD渡しておくね。」
中田 「ありがとう!聴かせてもらうね。」
お互いに次が詰まっていたので立ち話だったけど、大雑把にこんな感じだったと思う。
あれが最後の会話になっちゃったな。
何と言うか・・・ライバルを一人失っちゃったような・・・・
人の運命なんて分からないもんだね。
心からご冥福をお祈り致します。
中田 悟 公式サイト
2010年7月26日(月)
音楽評論家の竹内貴久雄さんが、ご自身のブログに私のことを書いて下さっています。
CD「うつろひ」でライナーノートを書いて頂いた方です。
主に、クラシックミュージック界で執筆活動をなさっている大御所の方ですが、
非常に有り難いことに、私の音楽を気に入って頂けた様で応援してくれています。
是非読んでみてください。
流石、私の様な拙い文章力とはレベルが違います。
http://blog.goo.ne.jp/kikuo-takeuchi/d/20100707
とてもじゃないけど、私の文章力ではお礼は出来ないので、
楽曲に反映させてお礼が出来るように努力していこうと思っています。
CD「うつろひ」でライナーノートを書いて頂いた方です。
主に、クラシックミュージック界で執筆活動をなさっている大御所の方ですが、
非常に有り難いことに、私の音楽を気に入って頂けた様で応援してくれています。
是非読んでみてください。
流石、私の様な拙い文章力とはレベルが違います。
http://blog.goo.ne.jp/kikuo-takeuchi/d/20100707
とてもじゃないけど、私の文章力ではお礼は出来ないので、
楽曲に反映させてお礼が出来るように努力していこうと思っています。
2010年6月7日(月)
2ヵ月半ほど更新を怠ってしまいました。
いやぁ~、かなり根詰めちゃってました。
前にも書いたようにレコーディングをしてた訳ですが、
未完成だった曲もあって、それらを完成させながらのレコーディングだったので時間がかかりました。
曲が完成したときには調律が狂ってしまい調律師待ちになったり・・・・
ピアノって奴は本当に手間のかかる奴だ。^^;
レコーディングとは無関係な事も色々起きたりで、なかなか一筋縄では行かないもんだね。
とりあえず全12曲録り終えました。
かなり完成度高いです。(自分で言うな?^^;)
とりあえずと言うのは、これから微調整する上で録り直しになる曲が出てくる可能性を秘めているから。
とにかく作業は次の段階に入りました。
アルバム完成までには、まだまだやらなきゃならない事は一杯あるけど、好きな事だから楽しい!^^
頑張ろう!
今回の教訓のひとつ!
「ピアノという楽器は、置いてある部屋も含めて一つの楽器だ!」
思い知らされました。^^;
場数を踏む度に勉強になります。
とにかく第一段階終了!って感じかな。
そうそう!7月に神戸に弾きに行きます。
まずはイベントなので関係者以外は入場出来ないそうだけど、定期的に弾きに行く事になる可能性大みたい。
詳しい事が分かったらご報告しますが、その時は神戸の皆様宜しくお願いしますね!
いやぁ~、かなり根詰めちゃってました。
前にも書いたようにレコーディングをしてた訳ですが、
未完成だった曲もあって、それらを完成させながらのレコーディングだったので時間がかかりました。
曲が完成したときには調律が狂ってしまい調律師待ちになったり・・・・
ピアノって奴は本当に手間のかかる奴だ。^^;
レコーディングとは無関係な事も色々起きたりで、なかなか一筋縄では行かないもんだね。
とりあえず全12曲録り終えました。
かなり完成度高いです。(自分で言うな?^^;)
とりあえずと言うのは、これから微調整する上で録り直しになる曲が出てくる可能性を秘めているから。
とにかく作業は次の段階に入りました。
アルバム完成までには、まだまだやらなきゃならない事は一杯あるけど、好きな事だから楽しい!^^
頑張ろう!
今回の教訓のひとつ!
「ピアノという楽器は、置いてある部屋も含めて一つの楽器だ!」
思い知らされました。^^;
場数を踏む度に勉強になります。
とにかく第一段階終了!って感じかな。
そうそう!7月に神戸に弾きに行きます。
まずはイベントなので関係者以外は入場出来ないそうだけど、定期的に弾きに行く事になる可能性大みたい。
詳しい事が分かったらご報告しますが、その時は神戸の皆様宜しくお願いしますね!
2010年3月29日(月)
以前から書いていますが、私の愛用しているピアノは DIAPASON の大橋モデルという大変貴重な物です。
30年程前に制作されたピアノだけど、まったく年月を感じさせない素晴らしいコンディションで唄ってくれています。
「大橋幡岩」氏の設計と、DIAPASONのピアノ製作への拘りを感じます。

昨年末、DIAPASON の創設者「馬渕真蔵」氏の御親族の方からメールを頂きまして、
なんとも貴重な「大橋幡岩」氏のお写真を頂きました。
(左:「大橋幡岩」氏 右:ピアニスト「井口基成」氏)
メールを頂いた「馬渕真蔵」氏の御親族の方は、
わざわざ DIAPASON の現社長に問い合わせて、私のピアノの製造年を調べて下さったり、
今でも色々とメール交換させてもらっています。
本当に有り難いことです。
人の出会い、いや、人だけではなく魂のこもった物(作品)との出会いは本当に不思議です。
私の DIAPASON は昭和54年製で、正真正銘「大橋モデル」で、幻のピアノの一つとお墨付きを頂きました。^^
現在、このピアノでレコーディングをしている最中です。
早く皆様に、このDIAPASON 大橋モデルの音色をお届け出来る様に頑張っています!^^
30年程前に制作されたピアノだけど、まったく年月を感じさせない素晴らしいコンディションで唄ってくれています。
「大橋幡岩」氏の設計と、DIAPASONのピアノ製作への拘りを感じます。

昨年末、DIAPASON の創設者「馬渕真蔵」氏の御親族の方からメールを頂きまして、
なんとも貴重な「大橋幡岩」氏のお写真を頂きました。
(左:「大橋幡岩」氏 右:ピアニスト「井口基成」氏)
メールを頂いた「馬渕真蔵」氏の御親族の方は、
わざわざ DIAPASON の現社長に問い合わせて、私のピアノの製造年を調べて下さったり、
今でも色々とメール交換させてもらっています。
本当に有り難いことです。
人の出会い、いや、人だけではなく魂のこもった物(作品)との出会いは本当に不思議です。
私の DIAPASON は昭和54年製で、正真正銘「大橋モデル」で、幻のピアノの一つとお墨付きを頂きました。^^
現在、このピアノでレコーディングをしている最中です。
早く皆様に、このDIAPASON 大橋モデルの音色をお届け出来る様に頑張っています!^^
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